「それでですなー」
誤ご魔ま化かしちゃいました。
「もーずっとはじめにんげんやってるですよ。けどなかなか、つぎのじだいにしんかできぬです」
「進化ねえ……」
そういうのは彼ら自身の意志で制御できるような気がするんですが。自分たちで定めたルールがあるのかも。
「うまく、しんか、したいのです」
「とおっしゃられても……」
「にんげんさんは、このあと、どうしました?」
「あ、歴史の問題ですか。それはいけない」
「ほよ?」
顔を近づけて告げちゃいます。
「資料がないですから」
「ないのですか」
「失われたのです」
「たのですかー」
ショックを受けた様子もなく、けろりとしています。
「なにかたりぬです?」
「足りないものですか」
「にんげんさんにあって、ぼくらにないもの」
「……うーん、闘とう争そう、ですかねー」
「とうそう……?」
言葉を吟ぎん味みするように、ちくわ氏は繰り返しました。
わたしの背せ筋すじをひやりとしたものがおりていきます。
「あ、ちょっと待ってください。今のなし」
「あな?」
「間違えました。闘争ではなく、狩しゆ猟りようでした」
「ほう」
「狩猟、つまり狩りですね」
「かり……」
「生きるために、狩猟採集生活をします。その中から、人は生きる活力と技術を発展させていったのです。……確か」
「なるほどなー」
「ただ、このあたりに狩猟するような大型の動物っていないと思いますけどね。そもそもあなた方は食べ物を必要としないんでしょうし」
「うーん……かりなー」
この時は、それで終わったのですがね。
彼らはいかにしてそれを身につけたのか?
一夜にしてゴミ捨て場を未来都市に、廃はい墟きよをサバンナへと変える技術力を。
「妖精には闘争の概がい念ねんはない」
という祖父の言葉に、わたしも異論はありません。しかし、であるとするなら、彼らはいかなる経緯によってあの高度でデタラメでおそらくは旧人類のそれよりずっと発達した科学技術を持つようになったのかという疑問はそのまま残ります。
先のサバンナの件……廃墟と森を伐ばつ採さいし、そこに改めて別の環境を植え付けるという離はなれ業わざは、科学を通り越して一種の冗談に近いものがあります。高度に発達した科学は冗談と見分けがつかないのです。
彼らはいかにしてそれを身につけたのか?
「それらの質問に答える前に、まずおまえの意見を聞こうか」
「わからないからお尋ねしたんですが……」
「おまえはいちおう優等学士様ではないのかね? 優等だぞ、優等? 辞書で引いてみろ。一般より成績・知識が優すぐれているという意味だ。学がく舎しや最後の卒業生で他ほかに何人、優等を取った?」
「……ふたり」
折れ曲がりがちのVサイン。ひとりはわたし。ちなみにもうひとりは友人Y。
「でもおじいさんの時代よりカリキュラムは減ってるんですよ。担当教授が亡くなって教えられる者がいなくなった分野なんかは、他の暇ひまな教授たちが集まって残された資料を首っ引きにしながら授業を進めてたくらいでしたし。同じ学位でも昔と今とでは密度が変わってるんです。でもわたしはそんな牧歌的な教育の中から人間性を回復させ、豊かなイマジネーションとフレキシビリティーを得ることに成功したゆとり世代なんです」
「ゆとり世代だと? 妙な言葉を作り出しおって……豊かなイマジネーションがあるならそれで想像してみたらどうだ」
「豊かすぎて、知らないことを考えてると妄もう想そうばかりが膨ふくらんでしまうんですよ。だからわからないことは調べずに即質問する」
「ゆとりの弊へい害がいだ!」
「だって」
「わかった……もういい。該がい博はくな知識を披ひ露ろうしてくれとは言わん。とにかく自分なりに推測してみるんだ」
とまで言われては、脳をサボらせているわけにもいきませんね。
今、わかる限りにおいての旧人類の科学に至る歴史。それは──
「土地や資源の奪い合い?」
「三十点もやれないぞ」
「……異民族間での略奪によって技術進歩が促うながされた?」
「おまえの専攻は文化人類学だったと記き憶おくしているんだが……本気でそんなことを考えているのか?」
「知の巨人による一方的で大人げない打ちよう擲ちやくを受け、わたしのかよわい精神ははやくも悲鳴をあげはじめました」
「口に出すな」
「ちょっと待ってください。今、詰めこんだだけの知識を連結してみますから」
「ヒントだ。生態系などの生物学的側面には踏ふみこまないでいい。環境に対して影えい響きよう力りよくの少ない黎れい明めい期き人類の暮らしも除外していい」
焦あせっている時に限って、頭の中が真っ白になります。
「ええと、つまり……狩しゆ猟りよう採集生活は……血なまぐさくて生きることにギラギラしていていつも飢えていた……だから武器が発達した」
「そんなようなことをホッブズという昔の有名な政治思想家も言っていたなぁ」
「じゃあ当たりですか?」
「おまえの学位、?はく奪だつな」
「今言ったのは冗談です」
学会ではそれなりの地位にいた祖父ですから、もしかしたら本気で?奪する権利を持っているかもしれず、わたしは大いに焦あせります。
「あ、思い出しました。狩しゆ猟りよう採集生活はわりと豊かな暮らしぶりだったんですよね」
「……そうだ」
ようやくわかったか、という具合で祖父がため息を落とします。
「彼らが生きるために費やす時間は、ごくわずかだったと言われている。確かに子供を間引くなどの人口を抑制する文化も見られたが、我々が想像するようないつも食物に飢えているような生活ではなかった。人口さえ増やしてしまわなければ、地域から採集できる食料はいくらでもあったのだからな」
「戦争もなかった?」
「あったろう。だがそういった他部族との接触が高度に武具を発達させたわけではない。狩猟採集生活をしながら人類はゆっくりと世界中に広がっていった。そして生活の中で、次第に原始的な農耕技術も発達していったのだ。ここで質問だが、農耕によって人が得るものとは何だと思うね?」
「食料です」
「落第だ」
「……冗談です」
「本当か?」
「もちろんです。ええと、本当は……農耕によって人は……生活の安定……を得た、はず」
「うむ、まあそうだ……」
ほっと安あん堵ど。
「つけ加えるなら、食料供給の安定によって、養える人口が多くなったということだ」
「人口が増えると労働の分化が起こるんですよね?」
「その通り。王や司祭など、特別な力やカリスマを持った者が、生きるための労働から解放されるのだ。そうやって誕生した専門職の中に、戦士たちもいたのだ」
「専門職化は技術の進歩も促うながすはずでしたよね?」
「そうだ。つまり妖精たちが言う進化とは、狩猟採集から農耕に切り替わるに際し、旧人類が辿たどった技術の発展のことを指しているのだろう。さて、どうだ孫よ、彼らが狩猟採集ごっこから先に進まないポイントが見えてきたかね?」
「……はい。最大の理由は、彼らが生きるために食料を必要としない点にあるんだと思います」
「ようやく六十点といったところか」祖父は揶や揄ゆするように笑みをこぼしました。「そう、妖精たちは生命維持についての切迫感を持たない。だから農耕をする必要がない。よって彼らが必要とする技術というものは、実際のところほとんどないのだ」
「……けれど、お菓子は食べてるんですよね」
「彼らすべての腹を満たすほどの菓子は、地球上にはなかろう。あれは嗜し好こう物ぶつと見るべきだ。旧人類にとっての酒のようなものか」
「……狩しゆ猟りよう採集の方が野や蛮ばんな印象ですけどね」
「それは狩りだからだろう。狩りはいい。雄大でいい」
祖父の指が、くいくいと空中で見えない何かを引き絞りました。
その見えない筒先がこっちを向いているのが、妙にわたしの不安をあおります。
「ということは、妖精さんたちの原始時代ごっこは、事実上、狩猟採集生活でゴールしてしまっていることになりますね」
「ごっことしての致命的な欠陥だな、それは」
「……では、彼らはそもそもどうやって技術を発達させたんでしょうね?」
「それを調べることができたら、私が個人的におまえにノーベル賞をやってもいい」
「パチものじゃないですか……」
「目もつ下か最大の謎なぞだからな」
「おじいさんの意見はどうです?」
「純粋に楽しみを追求するために発達した、と見るしかないな。彼らの文化で、科学技術がはたしている役割などというものは存在しない」
「……うーん。でもあの技術力は、片手間に発達するものなんでしょうかね? どうにも身近で見てると、デタラメ加減に解げせないものがあるんですが……」
「興味があるならおまえが研究してみたらいい。レポートの採点くらいはしてやろう」
「……せっかくのチャンスなんですから、ちょっと刺激してみたい気分なんですよね。もしかすると、今回のことで彼らの発達の経緯が再現されるかもですし」
「うまくいくといいがな……そら、これでいいのか?」
祖父は繕つくろいものを終え、白いワンピースをわたしにさしだします。ほつれた箇所はしっかと繕われていました。
「ありがとうございます、良い仕上がりです。これ、気に入っていたので」
「裁さい縫ほうくらい覚えたらどうかね」
「人には得手不得手というものがありましてね」
「得手はなんだ?」
「学問ですかね」
「……」
得手……祖父を絶句させること。
とりあえず、表層的なところで仕事に生きることにしたわたしは、昼過ぎになってからおでかけバッグを手に原始村へと足を延ばすことにしました。すっかりフィールドワーカーです。予定とは大違い。
することのない事務所で泥のように流れる時間に辛しん抱ぼうがきかなくなったというのはあるのですが、異種族と接触することは思ったよりずっと刺激的でした。
これはこれで、悪くはないと思えてきました。
里から廃はい墟きよ地帯に入り、かつて幹線道路だった大通りを西に向かって進みます。
左右に不ふ揃ぞろいの壁としてそそり立つのは、かつてのビル群。
蔦つた草くさなどにくまなく覆おおわれたビルたちは、その内側までも大自然に食い荒らされ、今や幽ゆう鬼きの様相でそそり立っています。
森といってもまだ人里の近くにある土地ですから、危険な獣けものが徘はい徊かいしていることはありません。危ないのは野犬くらいのものですが、それも定期的な犬狩りによってほとんど姿を見ることはありません。念のため護身グッズは身につけていますが、できたらこれを使うような事態に陥おちいることだけは避さけたいところです。
スケッチしておいた地図を確認します。
いくつかのビル、傾かたむいた信号機、錆さびた自動車。
そんなものを目印に、わが愛すべき妖精郷への秘められた入り口を見つけ出します。
「確か……このあたりで……」
茂みをかきわけて身を押しやることには少し抵抗がありましたが、五十センチも進むとあっさりと体は向こう側に抜けました。茂みはそこで伐ばつ採さいされて消滅して、まったいらな草原になってしまっているのです。
神話と伝承の時代から伝統的に人目を避けて作られる、妖精さんの隠れ里です。
この不条理をどういった方法で実現したのかは謎なぞですが。
「……本当に魔ま法ほうで作られているのかも」
自分の発言に、自分でため息が出ます。
麦わら帽子をかぶりなおし、再び歩き出します。地面の起伏がなく歩みは軽くなりましたが、かわりに日ひ射ざしを遮さえぎるものがなくなっています。ときおり、水筒に口をつけながら、村を目指します。
と、その時。
獰どう猛もうな気配が、突とつ如じよとして背後に立ち上がりました。
「……!?」
経験豊富で物もの怖おじしない敏腕アダルト美女を目指すところのわたしは、冷静にその事実を受け止めながらしかし肉体は腰を抜かしているのであり護身用に持ってきた武器を取り出すこともできずただ肉体と精神を隔へだてる絶対的な断裂をまざまざと自覚させられもはやこれまでと覚悟を決めようとしながらも若い生への欲求と恐怖は抑えがたいほどに渦巻きいやなんというか食べられるのはいやですよー。
かろうじて振り返ることはできましたが、同時に腰が抜けてすとんとしゃがみこんでしまいます。その状態で、凶暴な捕食者の姿を眼前に見ることになったのです。
肺はい腑ふが一いつ瞬しゆんで竦すくみあがりました。
殺意を整列させたような牙きば、闘たたかう意思を注入したような四し肢しの筋、見る者に生理的な恐怖を喚かん起きする生々しいまだら模様の皮ひ膚ふ。立ち上がり頭部を掲げたその魔ま物ものをわたしは知識でだけなら知っていました。
最大級の肉食恐竜とされる、白はく亜あ紀きの魔ま獣じゆうティラノサウルスレックス!
のペーパークラフト(体長百五十センチ)。
「……おや?」
しっぽまでの長さが体長なので、背伸びでもしない限り、高さ自体は六十?七十センチほどしかありません。
「あの……有人?」
ペーパーザウルスは声帯を持たないようで、牙をむきだしにしてしきりに吼ほえているようでしたが、無音でした。
不思議なのは、自分で動いていることです。
普通、ペーパークラフトは動きません。
見れば、非常によくできた工作です。箱を重ねたような構造をしていて、ひらいた部分もなしに上う手まく肉体を表現しています。これはかなりのハイグレードモデルでしょう。目は丸く刳くりぬかれているだけですが、体はちゃんと彩色されていました。
原色で乱雑に塗りたくっただけのようで、なかなかどうしてすっきりしたデザインにまとまっています。絵の達者な人間が手がけたクレヨン彩色という印象。
ペーパーザウルスはわたしの足首にがじがじと?かみつきますが、痛くもかゆくもありません。驚きよう愕がくより好奇心がまさり、わたしはじかに触れてみます。
「まあ、まあまあ」
ちゃんと関節も動くように作られています。
試しに持ち上げてみますと、ひとかかえするほどのサイズなだけに、紙工作とは思えないずっしりとした重さがあります。でも子供が入っているほどの重量ではないようです。
「じゃあ、動力は?」
目の穴から中をのぞきこんでみます。
紙音を立ててペーパーザウルスが暴れ出しました。
「あ、輪ゴムだ」
見られまいと必死に身をよじっています。
恥ずかしいのですか。そうですか。
大事な大事なゴムを見られることを恥はじとする文化を持っているのですか。
ぐいぐいと身を押しつけてきた(たぶん体当たり攻こう撃げき)ので「えいやっ」と押し倒してやります。
倒れたまま、数秒間微動だにしません。
「死んだ……?」
むっくりと起きあがり、肩を落として悄しよう然ぜんと歩み去っていきました。
落ちこんでしまったんですね。
「???」
いったいあれは、なんだったんでしょう?
疑問を胸にしばらく進むと、さらに驚おどろきの光景に出くわしました。
なんとサバンナ中に、様々な生きものが稠ちゆう密みつにひしめいていたのです。ただし……すべてペーパークラフトではありましたが。
「この展開はいささか予想外でしたね……」
疑う余地もなく、妖精さんの仕事でしょう。
見渡す限りの草原と、そこを闊かつ歩ぽする紙工作の恐竜群。
旧人類が昔楽しんでいたという、サファリパークのようなコンセプトなのでしょうか。
ヒレが見事なステゴサウルスがいます。
角が立派なトリケラトプスがいます。
頭上を滑かつ空くうしているのは翼よく竜りゆうでしょうか。
バラエティ豊かな恐竜王国に仕上がっています。
実際のサイズが十メートルくらいのものは、だいたい一メートルほどになっているようです。十分の一スケールということになります。
遠目に見ていると、遠近感がくるってすごく遠くに恐竜たちがいるように錯さつ覚かくさせられます。
ふと?そう痒よう感かんが生じて目線を落とすと、体長三十センチほどの小型恐竜(みんな小型なんですけどね)が、人のふくらはぎに?かみついているじゃありませんか。
ニワトリかと思いきや、ちゃんと恐竜です。
確かデイノニクスとかいう種類。実際の彼らは三メートル前後の肉食恐竜で、群れをなして自分たちより巨大な恐竜にも襲おそいかかっていたそうです。
あと、典型的な羽毛恐竜ですね。短たん冊ざく状に切れこみを入れたケープが、それを再現していますね。
「ううん……よくできてます。九十点」
甘あま?がみのようなものとはいえ、いつまでも食べられているわけにもいかず、軽く蹴け飛とばしてやると泡をくって逃げていきました。かわいい。
ペーパーザウルスたちを見物しながら、村を目指すことにします。
見ていて気付いたのですが、恐竜同士は互いに攻こう撃げきすることがなく、これは捕食の必要がないからだと思われます。
餓うえることがなければ闘とう争そうは必要なくなるということでしょう。
見かける恐竜たちは、どれも妙にリラックスした様子でした。
わたしに?みついてきた一部のものも、きっとじゃれついてきただけなのでしょう。
前回は振り回されるばかりの展開でしたが、今回の催もよおしは良いです。
妖精さんたちをねぎらってあげましょう。
なにしろ今日は手みやげが……、
「……あら?」
取り落としたおでかけバッグが、荒らされていました。
中身を調べてみます。
スケッチブック、あり。
筆記具、あり。
非常食、あり。水筒、あり。
ハンカチ、あり。
なくなっている荷物はひとつだけでした。
「な、なぜ? 誰だれが?」
あたりに視線を飛ばしますが、下げ手しゆ人にんの姿はなく。
「……え、ええ?」
十分ほどあたりを捜してみましたが、残念ながら盗まれたものは回収できませんでした。
「まさか、妖精さん?」
彼らならあの騒さわぎに乗じて素早く持ち去ることはできるはずですが、そんなことをする種族ではないはずです。
「わからない……」
貴重品というわけでもないので、迷宮入りということにしておきましょう。
気を取り直して歩き出し、じきに村に到着しました。
「こんにちは、ごきげんいかがですか?」
「……じごくみたいなものです」
「ちくわさん、やつれましたね……一日で」
ひとりだけの問題ではないようです。
村全体が澱よどんだ空気に包まれていました。
「いったいこれは?」
住人も落ちこんでいます。
人口もだいぶ減ってしまっているようです。
「……せいぞんきょうそうに、まけたです?」
「負けたんですか?」
「かほう、うばわれまくりですよ?」
「家宝なんて持ってたんですか?」
「あったんですなこれが」
「とおっしゃいますと?」
「ぼくら、おかし、てばささぬです」
「おやつのことですか?」
妖精さんはうなずきます。
「おやつだいじですな」
「妖精さんはいつもおやつを隠し持っていて、それを……奪われた?」
「いーかーにーもー」
泣き出しました。
「まあまあ」
指先で頭を撫なでつけてあげると、立ったまますやすや寝息をたてはじめました。
「起きるのです」
「ぐむむ?」
指先で頭を押しこんでみたり。
「しんちょう、ちぢむです?」
「話の途中で寝てはいけません」
「ねらないです」
「寝てましたよ」
「うーんー」
中身のない会話が続きます。
「話を進めましょう。それで誰だれにお菓子を奪われたと?」
「あー、そのけんー。じつはですな──」
ちくわ氏の話もそこまででした。
『ぴ──────────────っ!?』
広場から悲鳴が聞こえてきました。
「何事です?」
「き、きたですー、あくまーがー」
「……悪あく魔ま?」
無数の天幕をまたぐようにやってきたのは……、
「あ、ギガノトサウルスですか」
かのティラノサウルスレックスより一回り大きな体たい躯くを持つとされる獣じゆう脚きやく類るい最大の恐竜ではないですか。
「おくわしいのです?」
「……けっして、自分より大きな動物のことを調べて安心したいわけではないのですよ」
「はー」
ペーパーギガノトサウルスは、全長だけならざっと二百センチはありそうでした。まさにメガロ。
単純な高さにしてみても、八十?九十センチはありそうです。
紙工作とはいえ、このサイズだと脅威を感じます。
十センチ足らずの妖精さんからしてみれば、まさに悪魔でしょう。
村に遠えん慮りよなく踏ふみこんできたギガノト氏は、逃げ遅れた妖精さんのひとりに目ざとく襲おそいかかりました。
「はーん!?」
犠ぎ牲せい者しやさんは咄とつ嗟さに丸まりました。妖精さん式防御術。
恐らくダンゴムシの生態からパクっています。
妖精さんボールにギガノト氏は容よう赦しやなく牙きばを立てます。
しかしさすがは、さすがは防御の形。
そう簡単には牙も立ちません。
するとギガノト氏は獲物を口にくわえて頭上に放り投げ、またそれを口でキャッチしてと、完全に弄もてあそぶ構え。
ばかりか、様々なボールテクニックまで披ひ露ろうするではありませんか。
「あ、ヘディング」
「うまいなー」
ギガノト氏、球の扱いにかけては一日の長があるご様子。
「おお、ドリブル」
「どりー」
足技もなかなか。
「しっぽで捕球することはなんていうんでしょう?」
「やったことないのでー」
そりゃそうでしょうとも。
犠ぎ牲せい者しやさんもついに音ねを上げ、防御モードを解除してしまいました。
こうなればもう、助かる術すべはありません。
逃げようとしますが、ずっと揺さぶられて三さん半はん規き管かんがダメージを受けているのか、Uターンしてギガノト氏の脛すねに激突してしまいます。カートゥーン並みのジエンドっぷりでした。
いただきます。ギガノト氏は妖精さんの頭にかじりつき、もしゃもしゃと咀そ嚼しやくを開始します。これはむごい。
「弱肉強食が世の定めとは申しますが、えぐいですよねー」
「ねむがえぐられますー」
やがて、ぺっ、と犠牲者さんは天幕に吐き捨てられました。
「やはり消化はしませんですか」
ギガノト氏、目当てのものだけを口内で器用に奪い取ったようです。
誇示するように翳かざす巨大なあごの間で、小さく輝かがやくそれは……銀紙で包まれたキャラメルでした。
「あれは国連が配給してるひとつぶ三百メートル世界キャラメルじゃないですか」
子供の頃ころ、好きでしたね。
銀紙でわからないけれど、いろいろな味があって。
「らすときゃらめるとられたです」
戦利品を飲みこむと、ギガノト氏は満足げな足取りで村を出て行きました。
危難は去りました。
逃げたり隠れたりしていた妖精さんたちが、放心した顔でぽつぽつと広場に戻ってきます。
この襲しゆう撃げきによって、またもや村の人口は激減してしまったようです。
今、この村の?楽しい度?は限りなく低く。
「なるほど、あの恐竜さんたちはお菓子を主食としているんですね」
「むらのおかし、なくなた……」
これが落胆の原因であったようです。
「ちくわさん、ご質問なのですが」
「はいよ」
「あれ作ったのあなたたちでしょう?」
「そーね」
「自分たちで生み出したものに絶滅に追いこまれてどうするんですか」
「あーそれー、いうとおもったわー」
「?うそおっしゃい」
軽口を叩たたいている最中に、わたしは気付きました。
バッグの中身を盗み出した犯人。
デイノニクスは、確か集団で狩りをするのです。
彼らは恐竜としてはかなり知能が高いと言われています。
一頭を囮おとりにすることで仕事を成功させる、くらいには。
「……なるほど、だから襲おそわれたんですね」
「え?」
「実は今日も差し入れを作ってきたんですよ。お菓子を。それを来る途中、あなたたちの被造物に強奪されたんです」
「…………まじです?」
「マジですよ」
「それは……わらいばなしではすまないです?」
「わたしはべつにいいんですけどね、お菓子くらいちょっと盗とられても」
ちくわ氏は信じられないと言わんばかりに、わたしを凝ぎよう視ししました。
「じゃあ、いまおかしは……」
「今いま頃ごろ、恐竜さんたちのお腹なかの中でしょう」
「がーんがーんがーん」
「あんなものを作るからですよ」
「このままではぼくらほろびるですー、おたのしみにうえてほろびるですー」
「自じ業ごう自じ得とくじゃないですか。しかも輪ゴム動力に滅ぼされるんですよ?」
「わごむすきなんですなー」
まるで危機感がありません。
「きゃぷー!」
わたしたちの会話を周囲で聞いていた妖精さんたちの中から、ひとりが叫びながらすっくと立ち上がりました。
その妖精さんは、尖せん頭とう器きと呼ばれるタイプの石器を取り付けた原始的な槍やりと、バッファローの頭ず蓋がい骨こつで作った兜かぶとを身につけていました。ちなみに石器も頭蓋骨も紙製(語義矛む盾じゆん)。
「あなたは……きゃっぷさんじゃないですか」
「はい、ぼくのぺんねーむです」
ペンネームだったんだ。
「お久しぶりです。あなたもだいぶ日焼けされましたね」
「こまったものですよ?」
「それで、どうされましたか?」
氏はずずいと前に出て、落胆している仲間たちに向かってこう呼びかけました。
「しゅりょーだー!」
民はいっせいに顔をあげます。
「しゅりょー?」「かり……?」「してみるとぼくら、しゅりょーさいしゅーみん?」「いきてるってすてきです?」「いきるためにかるです」
狩しゆ猟りよう。
冷えこみ、砂糖の甘みが失うせて久しい原始村で、そのひとことは民の心を揺さぶりました。
ああ、ついに妖精さんたちの文化史に、闘とう争そうが植え付けられる時が来てしまったのでしょうか。
もしそうなら、わたしは事実を受け入れねばならないでしょう。
事実そのものは隠いん蔽ぺいした方がわたしの身のためっぽいですが。
「これをみるー」得え物ものを掲げます。「やりー」
『おー』
民衆は鼓こ舞ぶされます。
「やりでー」きゃっぷ氏は勇ましく槍やりを振り回して「たー! たやー!」鋭く連続突きの妙技を披ひ露ろうし「いやあーとー」最後は頭上で回転させながら天高く飛ひ翔しようして「てんく────っ」頭から地面に突き刺さりました。
「……………………」(安らかに気絶)
一いつ瞬しゆんだけ、場は静まりかえりますが……、
「ぴー!」「いのちとまったー!」「いちだいじだー」「すいっちきれたー」「そのなまなましさはないわー」
大おお騒さわぎに。
「……しぬかとおもたですが」
頭を押さえながらきゃっぷ氏が身を起こします。
「途中までは良かったんですけどね」
「おおっ」
気をよくしたきゃっぷ氏、再度槍を手に村人たちの前に進み出ます。
「じぶんを、たおした!」
『お────』
ああ、その誤ご魔ま化かしはアリなんですね、この種族は。
「やりで?」「おかしを?」「とりもどす?」「できる?」「できねば」「あるいは」「つつくをやりで? とりもどすです?」「これこそ、おかしかくめいでは?」「やりをたくさんつくるべしなのでは?」「そーだそーだ」「じゃ、おりがむ?」「おりがむべき」「おりがむには……」
人々の囁ささやきはひとつの結論へと束ねられていき、
『おりがみだー!』
だーっと大きな天幕に向かって走っていきました。
「あそこ、かみこうさくどうぐあるです」とちくわ氏。
「あなたは行かないので?」
「ほろびうけいれるのもたまにはいいです」
被ひ虐ぎやく的てきー。
「どえむさんですね、あなたは」
つん、と指でつついちゃいます。
「あー、もっとー、もっとーもてあそぶですー」
この子好きです、わたし。
面おも白しろそうなので、引き続き調査を続行したいと思います。
狩りに際しては、まず儀式が執とり行われました。
祭さい壇だんと火柱を取り囲んで、大勢の妖精さんが祈き祷とうに没頭しています。
呪じゆ術じゆつ師しの格好をしたきゃっぷ氏が、中央で踊りくるっています。